昭和40年03月23日 春季霊祭
二十三日のお月次祭にあわせて春の御霊様の御祭を奉仕させて頂きました。私共も感激なら御霊様もお喜びほんとにおかげで喜び合えるという事。しかも、お道の流儀での御霊の御祭は拝み合うという事。何が一番有難いと言うても、人からでも拝まれるという位有難い事はない。ね。例えば子供がです、もう本当に家のお父さんは拝まにゃおられんと、ね。こうして拍手あげていちいち拝までじゃない。
家のお母さんは、本当にあの、一生懸命の、姿の中に拝まにゃおられん、何かしらん、後光が差すような思いがすると子供がもし言うてくれたらどうだろう。もう本当に家の子供ばかりはもう言う事はございませんと。もう本当にいつも陰から拝みよりますと、いうような私は家庭であったらそれが一番の幸せでありますように、私共と先祖が拝み合う。私共がまた亡くなりましてもこの信心さえ子に孫に伝えておけばまた子が孫が子々孫々に至るまで私共を拝んでくれるという事。何という有難い事だろう。
そういう元を、私共は作っていくのでございます。だからこの信心がです、子に孫に、「ね」子々孫々伝わるような信心を、頂いておかなければいけないという事。皆さん、信心でなからにゃいけません事。ほりゃもう、親父達の時に、そうなおかげも頂いたげななけれど、もう僕達の時代になったら、おかげ頂けんきん信心な止めたち言うたら、もう、拝み止むる。「ね」。
だから俺達の若い時には、もうこんな、こげんして無い命も助かった。現在の家の財産なら神様のおかげを頂いたっぞと。いくら言うて聞かせておっても、亡くしたらもうそれでお終いです。「ね」。どうでも皆さんここにですね、本気で信心を頂かせてもろうて信心を自分の物にさせて頂いて、その信心を子供に孫に伝えておかなければいけません。でなかったら、おが、拝んでくれませんの。「ね」。
何と言うたって私はもう何が有難いと言ったって、子孫から毎朝、朝晩拝まれておるという事。ご先祖様には、いわばご先祖様に対する所の、祖先に対する所の、恩に報いる生活。本当に先祖のおかげでと遺族の者が、日々、拝んでくれる。そういう日々拝んでおるいわば総仕上げなのです。今日という日は、「ね」。襟を正して、「ね」。思いを込めて、お供えの一つもさせて頂いて、さぁ、子も来い孫も来いと、手を引き合うて先祖の御霊様という、拝み合えれるし。
御礼も言い合えれるし。ご先祖様のおかげで本当にあんた達の信心のおかげで私達が助かっておるんだと。「ね」。御霊様からお礼が言うて頂かれるようなおかげ。「ね」。もう皆さんは、御霊様の実在と。霊魂不滅といったような事は、まぁ椛目にお引き寄せ頂いておられる程しの方ならばそれを信じられない方は無かろうと私は思う。「ね」。そこで私は今日は皆さんにです、私共が、「ね」、まぁ、いつの日にかは必ずお国替えのおかげを頂かなければならない。「ね」。
その時にです、子供達が孫達が遺族の者が、手厚うなるような御祭してくれ、しかも年々歳々。その御祭が有り難い賑やかなものになっていくような、おかげを頂く為に子供に信心を伝えておきたい、信心を残しておきたい。どういう財産よりも信心の財産を残しておかなければならない。その残るという信心とはどういう信心だろうかと、「ね」。物やら金やら田地田畑をです、残しておっても、悪い事ではありません。「ね」。
けれども、これは使えば無くなるのであり、無くなるだけなら良いけれどもその財産の為に、返って難儀をするというような例は幾らもあります、「ね」。信心の徳という、裏付けのある財産でなからにゃあいけません。ばい菌の付いた例えば、あー、例えば今日沢山、ああした、そのお饅頭とか牡丹餅とか、「ね」、まぁ、御霊様が生前お好きであった、または喜ばれるような物を心を込めて皆さんがお供えをされた。
あの中にもしコレラ菌が付いておったら、疫痢菌が付いておったら「ねぇ」ほっで、あれば頂かっしゃったら、椛目一同の者は皆もう腹痛おこしなさったげなちゅうような事になったらどうなります。同じ事です。「ねぇ」。そのばい菌の付いておるような物をです、我情我欲というばい菌の付いておるような物をです、子供に孫に残してはならないという事。残さなければならんけれども、それはどこまでも、天地の裏付けであり、天地の信用がある物でなからなければならない。
あんまり罪の長い事ばっかり言うて、食べなさいよっじゃ、ただおかげを頂く、御利益を頂く事の為だけに、信心が続けられてもです、それは本当な事ではなかろうと私は思う。どうでしょう皆さん。山登りをされた体験が、皆さん、一人一人おありになるでしょう。「ね」。例えば、この耳納山辺りにでも例えば登ります。「ね」。段々、登って参りますと汗が出る。「ね」。本当にそこに杖があったら楽である。それでもやっぱりきつい。ま、ここは、日陰の所で一服させてもらおうか。「ね」。
そこにどうでしょう。岩清水のような例えば清水が横に流れておったとする。それこそ何よりも有り難いだろうと私は思う。さぁこれでまた元気が出た。とまた頂上を目指して登る事が出来る。喉はひっきるようにあるけれども、「ね」、暑い中に汗は流れる。飲みたいけれどもお水が無い。一つそういうような時の事を考えてみてごらんなさい。同時にそういう時に一杯の清水が与えられた時の事を考えてごらんなさい。「信心は山登りと同じ」とおっしゃる。
御霊様とても同じ事。御霊様もやっぱり、「ね」、日々御理解を頂かれて心を開かれて、成る程信心、信心の徳によって天地の親神様の御信用を頂かして頂かなければならんという、悟りが開け、御霊ながらにも、いわば信心の山登りと同じというように、御霊ながらの修行があっておるのでございます。「ね」。その御霊が、ながらのいわば山登りをしておられる時にです、今日のような、「ね」、
日を定めて、ここで一服されるというような、おかげを頂かれる時、「ね」、どんなに御霊様が活を入れられ、また元気でこれからの修行を続けておいでられる事に楽しみをまたは喜びを感じられる事であろうかと思うただけでも、とても御霊様の御祭を粗末におろかには出来はしませんですねぇ。まぁ私はいつもその実感としてです思うのですけれども、皆さんがこうやって玉串を上げられる時には、もうちょっと厚かましゅうござるばってん、もう我先に上げにゃあおられんというね。
一つの衝動にも似たようなものがです、出来てこなければ、ほんなこっちゃありませんよ。私は、今朝の朝の御祈念に皆お参りして下さった方達に申しました。皆さん、今朝のご、御祈念お気づきになったでしょう。ちょっと違うとったでしょうが。「ね」。私がもう腹の底から、それこそジゴ声出して大祓い、ね。拝詞、あまつ祝詞、祖先賛詞、時間はあたり、いつものように一時間十五分位、いつもの通りかかりましたけれども、もういつもは唯、有難い有難いという一念であまつ祝詞やら大祓いが上げられる。
今日はそうではなかった。もう一生懸命、実はあげなおられなかった。ましてもう眠り倒れる事あった。夕べ私三時半でした、休まして頂いたところが。もうそして私は有難いと思いました事はですね、もう一年一年、椛目に縁を頂いておる御霊様達がですね、おかげを頂いておられる事です。非常に機嫌がよろしい事です。もう本当にもう私は思うんです、「ね」。この前のお月次祭にも私が申しましたように、「ね」。
親鸞聖人様は「国の柱に我ならん。」と仰ったそうだけれど、私はです、本当に難儀な氏子の為に、世の中に難儀な人達の為にです、本当に光になりたい力になってあげたい。「ね」。そうした難儀な人達の、難儀な道すがらに道しるべともなってあげたいと。為に、私が道を踏み迷うような事があってはならない、私が光を消すような事があってはならない。私が、いやがうえにも力を受けていかなければならないという事、唯これだけをいつも思います。
他に欲は無いけれども、もうこの事だけはやむにやまれん思いで、この思いが唯募るばっかりでございます。ね。「着いてきなされこの提灯に決して苦労はさせはせぬ」と言うて私が提灯を灯して、行くのでございますから私の後から着いて来るのであるから、実を言うたら見やすいようであって、実際問題となるとなかなか難しい。難しい。「三年五年の信心ではまだ迷いやすい。
十年と信心が続いたら我とわが心をまつれ」と仰るが、先生は、ああ仰るけれども、心では分かっておるけれども、体がいう事をきかん。心が真っ暗うなる。昨日、一昨日でした。福岡の渡辺先生がみえられて、何十年間という生長の家のおかげを頂いておられる。「ね」。白鳩会の会員であり、同時に日蓮様の信者である。その渡辺先生がです、日蓮宗でも助からなかった。生長の家でも助からなかった。
そこに何とはなしにこのモヤモヤがあった時に、たまたま山口つぁんのお導きでここにお参りをさせて頂いた。一日御理解を頂いた、夜の御祈念まで頂いた。私はその時の御理解を私はまだ覚えておる。「神がわが本体の親ぞ。信心は親に孝行するも同じ事ぞ」という御教えがです、今まで何十年の長い信心、いわば信心の勉強、教学的な意味合いでも勉強しておられます。
そういう意味合いにおいての信心が頭で分かっておったけれども、心で体で分かっていなかった事が分からせて頂いた。私の心の助かりは、これからの私の、生涯打ち込む信心はもうこれだ、この先生におすがりする以外にはないという決心がついた。以来、皆さんもご承知のように、熱心な御信心が出来ておる。「ね」。昨日、一昨日も見えられて、先生どうしたもんでしょう。
今日も杉山さんと丁度教学研究会でしたから、そういうな方達がこちらに来る事なっとった。杉山みつおさんの自動車に便乗するべく、その電話したところが、お母さんがまだ休んでる。起こしましょうかと仰った。いいえ、もう休んであるなら起こして頂かんでもいいですと言いながら、はぁ私が本当に人の自動車にどん、便乗して乗っていこうと思うとる、本当にこういう事でおかげ頂けるはずはない。
さぁ電車もありゃバスもあるじゃないか。櫻井先生なんかはある、歩いてですら椛目参りをされるのに本当に勿体無い事だったと気が付かせて頂いて電車の中に乗らせて頂いた。いつもメモしておられる、神様からいろいろとお知らせを頂かれる。それを丁度一年前にここにお参りするようになってから、いろいろ有難い事を頂いておる事をいっぱいメモしてあるのを見せて頂いた。
はぁ、一年前にこういうような素晴らしい事を頂いておるのにもかかわらず、今日の私の心はどうした状態だろうか、どうしたものだろうかと思われた。心が真っ暗。理由もないのに真っ暗。どんなに頭をうち振ってみても、どんなに心の中に金光様唱えてみても、自分の心の中はすっきりしない。まるきり、もう、無聊の世界にあるようだと。光の無い世界にあるようだと。「ね」。
非常に感激の強い方ですから、丁度、私がお取次ぎさせて頂いておる、そこに来て先生どうぞ私を助けて下さい。私の心を開かせて下さい。先生どうぞお叱り下さい、私の今のような状態では、とてもおかげを頂けそうにもない。というて悪い事思うておるわけでもないのにもかかわりませず、このような状態で、相すみませんと言うてから、そのお取次ぎを願われる。
今日も、こちらへ参る電車の中で「四方拝」という事を頂いたんです。丁度、その時にある方が参ってここでお取次ぎを願っておった。その方に私がいわば四方拝の話をしておった。先日、田代さんの二番目の娘さんがご縁につかれましてから、本当に神ながらなおかげを頂いて、一生懸命な思いっちゃ有難いですなぁ、この前の善導寺のお月次祭の日でした、「ね」。
皆、ここの御信者さん方はここで神前結婚は致しませんでも、一遍はどういう所かでも、その、おー、両親または親が、一緒にここに花嫁姿を神様に見て頂きたいと言うて。ところが私は丁度月次祭で善導寺に行っておるから、わ、居らない事が分かっておった。ところが、いわばご祝儀、その、え、そのう、宴会ですかね。その披露宴があります時間が一時である。もうどちらをと、私が帰って来るのが一時である。もうその前でん、着いとらなければならん。どうにも仕方がない。
そこへ高芝さんがさんが慌しく教会にみえられてから。まぁだ、むつやは参って来ておりませんよ。あぁおかげ頂いた間に合うた。その日に限って親先生が長々と、一時間ぐらい御説教なさるのに、その日に限って御説教なさらなかった。もう初めてだった。もうおかげ頂いて(笑)御説教なさらん事が有難いちゅうたら、まぁ相すまんけれどもそうだった。そいで、豊美と2人で、ほんならバスでなっと帰らじゃごてと言いよる所へ、その高芝さんがお迎えに来て下さった。
丁度、私がこちらへ着かせて頂いた、丁度お礼を済ませてから、そこで今控えたばっかの所で終わった。神様にお願いをさせて頂いてから(かずえさん?)に対する所の御理解を頂いた、「ね」。青年部の有志の方達がはなむけに、見事なその額をその中に色紙を持ってきて、はなむけに先生なんか一筆書いて下さい。神様に頂くのもなんだか私はほんなら、兎に角、教典を開かせて頂いた(笑)。
教典を開かせてもらった。もう神ながらに出た所ばいっちょ書こうと思うてから(笑)ところがです、女が菜園に出て、ね、野菜畑の事。「女が菜園に出て野菜を抜く時、大地を拝む心あらばおかげがある」という御教えが出てきた。私はもうこん時もう教祖の御教えの素晴らしいのにおど、もういつもの事ながら驚いた。断言しておられます。女が菜園に出て「ね」大地を拝むような心になれば、おかげがあると断言しておられる「ね」それを煮て食する時に、神様頂きますという心あらば障る事なしと。
何と言う素晴らしい御教えだろうか。これこそ百姓のひゃの字もしたことないとに、行く所は大きなお百姓さんだ、植木屋さんだ。「ね」。勿論その田やら畑には出らんでも良いという大きなお百姓さんですから沢山の使用人がおってのお家なのですから、勿論あの畑なんかに出てもらう事はいらんという約束の基にだけれども、やはりもう(できたり切れたり?)いっぱい畑の中に(笑)畑に出らんわけにはいかん。
野菜取り位に。ははぁ、そういう時にこの御教えが、この人の心の中に蘇った。本当に大地を拝む事さえ忘れなかったら、おかげがあると仰るのだから、有難いなぁと思ったけれども、あまりに長々しいから、また、改めて神様に私はお願いさせて頂いた。これをまとめて一言に一つ書かせて頂きたいと思うてね。そしたらその渡辺先生が頂かれたそれと同じような事を、「四方拝の心」と頂いた。
四方拝というのは賀、お正月元日の事である。元日のような心。しかも自分の周囲の一切を拝する拝ませて頂くという心という事なのである。はぁ成程四方拝の心。そこで私が家内を前にしてからその事を話すんです。そしたらね私がその話させて頂きよりましたら花嫁さん、あの着付けをなさる美容師の方がみえておった。もう目に涙をいっぱい溜めて、有難う御座いますちゅうてから、後ろの方から私を拝まれるんです。
その御理解が。いやぁこれはもう本当に(和枝さん?)もおかげ頂いとるばってん、一緒について来た者までおかげ頂いたと私は思うたあの時。「ね」。私はこの御理解をこんこんとして(和枝さん?)に説かせて頂いた。ええかこれはな決して野菜畑に出た時だけの事ではないよ。さぁこれからほんなら下りる、下駄を履かせて頂くという時にです、「ね」、その下駄を拝む心あらばおかげがあるという事と同じ事よ。さぁこれから自動車に乗らせて頂く時に、その自動車を拝ませて頂くという心があればおかげがある。そういう心があればおかげがあると仰るのだから。
ここん所をおかげ頂いていかにゃいけん。どうだろうねしかもそれを煮て食する時に神様頂きます、という心あらば障る事なしと仰るのであるから、これは野菜を煮て食するだけの事ではない。今日一日例えばお舅さんから、どういう小言が出ろうが、どういう事を言われようが、どういう難儀な人間関係の問題が起こってこようが、もう朝から頂く心でおりなさいという事。
頂く心でおりゃあ皮肉は皮肉ではなくて神の声として聞けれるだろう。「ね」。頂く心であれば親なればこそと言うて、合掌して頂く事が出来るだろう。どうにもこの心に障らなかったら。心に障って二日も三日も物も言う事なかった。そういう事であってはならぬのだ、この御教えはそういう意味合いなのだ。で、それをま、いわば、煎じ詰めたのが、元日の心のような心になり、四方拝の心にならせて頂くという事だ。四方拝の心を、一切を拝ませて頂く。「ね」。
いかにも下駄を拝む事あると、可笑しい事あるけれども本当の事を言うたら下駄にも命があるのであり、自動車にも命があるのだ。「ね」。その下駄を拝むのではない、その下駄の命を拝むのだ。拝まれて先程のお話じゃない。けども、下駄が喜ばんはずがない。自動車が感激せんはずがない。「ね」。拝まれるという事は下駄でも自動車でも喜ぶのですから。「ね」。これは私が十五、六年前に頂いた。
もう一切の物に複体という姿があるのです。もう一つの姿があるのです。いわゆる霊体なのです。そういうような、その話をまた私が、丁度渡辺先生がここへみえられましたその前、そのお取次をさせて頂いておる、ある方にその事を伝えておった。いやぁ先生私も今日は頂く、四方拝の心という事を頂いておったが、丁度御理解が四方拝の心という事を頂かせてもろうて有難い。
渡辺先生信心させて頂いて、おかげ頂くという事だけ、信心させて頂いて有難くならせて頂く為には、有り難くない心がまず取り払われなければ有難くはなれんのですよと。長年勉強しておられますから、これがすぱっと分かる。涙をもう、それこそもう、もうその、だらだら涙を流してから、先生おかげを頂きました。それをお道ではめぐりと言う。仏教ではまぁ、業とも言う。「ね」。
私共が、これだけの信心させて頂いておるのに、これだけの難儀な事が起こってくるとは、どうした事であろうか。やれ痛や、今みかげをという心にならせてもろうて、有難いと言うて、お礼を言う心になり、今こそめぐりのお取り払いを、頂いておるんだという実感を、心の中に、頂けれるようになるまでが一辛抱。それをそうと信じ、思い込むというまでが一辛抱。「ね」。
そして私がこの「与」という字を、先生に伝えさせて頂いた。数字の5という字を皆さん書いてごらん。数字の5という字にマイナスという字、一の字を引きますと与えるという字になります。「ね」。業だと。お互いが業を持っておるのだ。難儀の元を持っておるのだ。その業がマイナスになる時に、それが引かれる時に、それから、与えられるのが本当のおかげであるという事。
有難いでしょうが信心とは。信心を一生したってここの所に気がつかなかったら、業は業なりめぐりはめぐりなり。ただ、やぁやぁ言うて拍手を打って、お取次を頂いてお願いをするから、金光様の御徳で、親先生の御徳で、おかげを頂く者。それでは本当なおかげではない事が分かるでしょうが。「ね」。おかげを受けにゃあいけません。本気でそこに焦点をおかなきゃいけません。
信心を私の物にする為の信心修行がなされなければ駄目です。それとても三年五年では迷いやすい。十年と信心が続いたらおかげに。今朝からでした。何日振りでしたか、三日振りか。三日振りか四日振りに、北野の(千野?)さんが朝の御祈念に参ってきておられました。先生、千野さんも耳が遠いんです。私も耳が遠いんです。耳が遠かもんは大体のうつらがっておる。
ところが福島さんが自分も耳が遠かもんじゃけんで、はぁ、(のうつらかっちゃならん?)と思いなさるのでしょう。いつも、ぼそぼそとしてお取次を願われるんですね。ところが私も耳をこう持ってかにゃ、聞こえん。それも半分位しか聞こえん。もう神様が聞いてござるけん。いつも私はそげん思うんです。もう、皆さんがです、長々とお取次される時は、私の頭はもう混乱してしまうです。
ですから、どうか言いよりますけん神様どうぞ聞いておって下さいちゅう(一同笑い)。「ね」。そるけん時々つが、ツガミが合わんでしょうが、私が返事をする事。「ね」。もう、そのポイント。肝心なところだけ。それをもう長々と枝まで葉まで。よその事、隣の事まで話さっしゃる。「ね」。それではね、私も大体耳が遠いから聞こえませんけれども、ただ、今日、福島さんのお取次の中から、はぁ、それそこだけ聞こ、聞こえたら私は良いっち思うです。
先生、私共夫婦の者が、信心が信が浅うございますもんですから、神様のおかげをおかげと分からず、何日間の間迷わせて頂きましたけれども、夫婦で話し合いました。こりゃあ、神様のご都合に間違いはないぞと。こりゃ、ぐずぐずしておっちゃならんぞ、おかげを頂かせてもらわなならんと言うて、今朝はお詫びに出て参りましたという、そのお詫びに出て参りましたという事が私の心をとらえた。
どうでしょうが。自分の心の中にです。私、お話をしておりませんから、分からなかったでしょうけれどね、こちらの息子なかなか出来が良いんです。二番目の息子。お願いをさせて頂いて、何十校と八女高を受けるように御神意を頂いた。高校の試験なんです。「ね」。ところが八女高校を見事に失格。さぁ、もう目の前が真っ暗うなっておる。しかも、友達三人受け、八女高校に受けたのに2人が落第、いや、2人が合格して、自分ところの息子だけが、不合格という事。
なんか教育長の、かなんかの方に頼んであったらしいんです。大体ね、もうこういうところからすでに間違いが段々起こってくるんですよ、本当言うたら。ですからもう、も、そのおつ、落ちた事が、その前の前の日から分かっとった。丁度、その事を、お電話で向こうの方から、そのお世話になった方からでしょう。こうしてまぁ、ま、気の毒だけれどあんたの所と、ん、不合格だったという事を知らせてきた。
その時に丁度、長男が風邪をひいて帰って来とりまして、長男がお取次させて頂いた。で親先生に向こうからなんとか手を打っておかんでよかろうかと言いなさるが、どげなふうにさせて頂こうかという事だった。それから、長男がすぐ私が二階で、その時休んでおりましたから、二階に、まぁ、お伺いに来たんですけれども私が休んでおった、もんだからそん時に思うた。
ははぁ、親先生ならどげなお取次さっしゃるだろうかと思うた。そして自分の心の中に感じた事がです、「ね」。初心を貫かせる事だと思うた。だから電話で、福島さん、初心を貫きなさいと言うて、その、お取次させて頂いた。「ね」。まぁ、それから幾日間はもう本当に、それこそ試験が出来た、受かったと言うて、その喜んでおる人達を見ると、腹の立つ位に心が真っ暗であったろうと私は思います。
まだ、この頃が丸四年の信心です。まして家内があ、そうした打ち込んだ信心のしゅ、稽古もしてない。もう分かっておる事だけは、もう、よう分かっておる。福島さん辺りは。ところがどっこい、さっきの話じゃないけども、これが言う事を聞かんのです。私は今度三十五名、大、大学、高校の、受験のおかげを頂いが、もうそれこそ、もう見事に皆、おかげを頂きました。「ね」。もう実に神ながら。
ある、ここの町内しとら、しとりますが、「ね」、これは、ある有名校に受けると言ったけれども、先生が、絶対これはもう受けさしちゃくれなさんな。私立の方にだけしておいてくれと。「ね」。先生が受けさしてくれんちゅう(笑)。出来るはずがないからとこう言われるわけ。それでもお母さんが頼みよると。もう出来んでも良かけん、受けるだけ受けらせて下さいとこう言う。
ところがおかげで通っとった。そういう例は今年はいつもの事ですけれど、いくらもありました「ね」。それが先生がよっぽど引き引きかなんかやっぱよっぽど、うんと出しなさった位に思うておるらしいけれども有難い。でしょ「ね」。私は福島さんは、そうやって、そのういわゆるこう落ちたという電話がかかって来た。だからどうぞ本人の心の上にお繰り合わせ頂けますようにと言うて月次祭の晩にかかって来た。
これは本人よりか、親達の心の上にお繰り合わせ頂かにゃいかんと私は思うた。(笑)そう神様にお願いさせて頂いた。そしたらです、私が御心眼に頂きますのがね、丁度「浅草海苔がです、あの十枚ずつ、一帖ずつか、くくってあるです。それを箱の中にぴっちり詰めてあるところ」を頂いた。その真ん中にです、一つくくってないのがあった。そしたらそれを、ぽっとこう引き抜くところを頂くんですねぇ。
ははぁやっぱり、落ちたんだなぁと私その時思うた。「ね」。くくって無いのだけは落ちた。また、私がお願いさせてもらいよったらです、そのう、紐の付いておる、その、くくっておるその浅草海苔がです、浅草海苔という事に意味があるです、「ね」。色は黒いが浅草海苔のよ、浅草海苔はと、この色まんまの肌を巻く。というような歌があるでしょう。ははぁ、これはままになる為のこれだけれども、この紐でくくっていないところがおかげを落とした元であった。
ところがです、その何十帖かのその、それがです、こうこやって、よって競り合いだした。競り合いだしたところがこっちの方にしわ寄せが出けた。その時にです。また、今、引き抜かれたその海苔をぽっとそこにはさむ。、おかげ頂いたと私が思うんです。これは私が一生懸命お縋りさせて頂きゃあ、ここにしわ寄せが出来るんだと私は思うた。まぁ、それから願いに来ればその事も伝えもしよう。
だからここの先生方には皆、福島さんは、こげなふう、永瀬さんに私は話しました。私は、こげなお知らせ頂いた。それで、あんたもう、もう、くぅっと、しとっとじゃろうと、あんた参ってこん。朝の御祈念に参ってこんとじゃから。あがしこ、分かった事を言う人が、しかし、もう、本当に無理からん事だと私はその、けれども、一っつもそれがですね、ほんにどうした事じゃろっかとは思わんかった。
何故って、まぁだ、四年の信心ですもの。当たり前。「ね」。人に頼むのも当たり前。頼まにゃおられんのが親心。「ね」。そういう所を繰り返し通らして頂いてこそ、初めておかげを頂くのです。ただ今祭典中に、電話がかかってきたのでしょう。おかげで八女高校の合格の通知を受けましたちゅうて。「ね」。もう、あざやかでしょう。そこでです、そういうような時にです、お互いが信心のほぞを固めにゃいけんのです。「ね」。そこで凧をあげとるという。
二、三日前私は福島さんに、凧がずうっと、大空にこう泳いでおる。ところが、これば、ちょっと緩めるもんだから、すたっと、落てようとする。しまいには、ここからプツッと切れてしもうた。もうそれこそどこ、どこまで落ちて行くやら分からんようにしてからその凧が切れて落ちていく所を頂いた。ははぁ、これが親子三人の心の状態であろうと、私は思うた。「ね」。(きね?)さんは今言うようにです。これでも、落ちたら仕方が無い、まだ三年四年の信心だもん。
もう一遍やり直させて頂いてからおかげ頂き、そしてここんところを緩めてもならない、切ってもならない事を、いよいよ、自分の心に固く頂かせて頂くという信心。こういうところをね、おかげを頂き受けたというだけではなくて、あの時にああいう力を受けたのだ、おかげを受けたのだ、徳を受けたのだという事が頂けれるのです。「ね」。私は、ここの所を大事にしなければいけない。{ね}。
いわゆる四方拝の心。なかなかやっぱ、難しいでしょうが、「ね」。息子が落ちたっでん、拝まにゃもん、やっぱ、大抵難しい事じゃある。「ね」。ところがです、神様の働きというものがです。神様の働きというものが二回、三回、三回が五回、十回と体験させて頂いて、神様の間違いなさが分かってくるようになると、泣くにも泣かれんというような状態でも、絶対泣く事もいらなければ、「ね」、悔やむ事もいらん。はぁそりゃおかげを頂いたという言える。
「此方の道は喜びで開けた道だから喜びでは苦労はさせん」。分かっておるのだけれども喜べない。心が真っ暗うなる。どうしてだろうか。「ね」。正教先生が仰っておられた。先生私は思うのです、椛目のあの、この御造営の事につきましても、「ね」。この頃、月次祭の後にいろいろお話を横で聞かせて頂きよりましたら、何千万という金がいる。「ね」。それが現在、椛目には、まだそれが兎に角、それが荷が重過ぎる事であるという事だけれども、椛目では許可にはならん。
もうそれこそ、泣くにも泣かれん状態。ここで許可してもらえりゃあ、もうこれで結構なんだけれども、「ね」。ここでも許可をしない。どうでも、あっちまで行かなきゃあいけん。高々と、ね、いわば十五万位のお屋敷を四十万も出して買わねばならんというような事になってくる。わが腹の事じゃないから良いようなもんだけれども、神様に相すまんなぁと、私は思うのです。
その話を聞かせて頂いてです。自分の所の学校をです「ね」。二階に下でしておるとか、二階でしたかを下の方に移して、二階を大きな神様の事務所に貸そうと思うと。そしてそこからのありゃ、相当な事でしょうね渡辺家の( ? )。そのお金を御造営費に当てたいと、そういうような事まで思うておるのにもかかわらず、これが真っ暗になるのはどうした事だろうかとやはり不思議が湧いたわけなんです。「ね」。
そして、頂かせて頂いたのは業の自覚であり、めぐりの自覚である。信心させて頂いて信心辛抱し抜かせて頂いて、「ね」。今朝の御理解にもありますように、成り行きを尊ばせて頂くという事は有難いけれども、尊べない事はある。有り難く思えない事がある。それこそ泣く泣く辛抱しい抜かなければならん事がある。それを私は自然との対決だと言うておる。自然と対決する時に、この力に負けてはならん。
例えば私が今日の朝の御祈念に、夕べは三時半、そして五時の御祈念に出て来ておるのですから。もう眠り倒れる事ある。だが、これ神ながらに寝とるのがよかろうち言うて、寝とったらどういう事になっとったか。その自然との対決をです、私がもう十倍出してです、一時間余りの御祈念を、一生懸命大祓いを奏上させて頂くところに心もしゃんとして来る、当たり前に御理解も頂かせてもらう事が出来るというおかげ。「ね」。
ここの対決をです、やはり歯を食いしばって辛抱し抜かなければならないという事が分かるでしょう。大事にしなければ。そこん所が場合によっては泣く泣く辛抱であるという事にもなるわけなのですけれど。「ね」。そういうような、私は信心から、「ね」。目に見えない力が頂けるのであり、心の光が頂けて来るのであるという事。「ね」。渡辺先生に、はぁ、とにかくその、めぐりのお取り払い、業、業の取り払いを頂けた時に、ごう(5)ね、マイナス(-)、与えられる。
もう無尽蔵に限りなく、頂けれるところの道が開けてくるのである、いわば業が少のうなっていく事、めぐりが無くなっていく事を楽しみの信心ならなければならんのに、おかげを頂く事ばっかり楽しみの信心する。(笑)今度は一生たってもおかげ頂きましょうけれども、今日私が言おうとする所の、それはいわば信心をです、子供に孫に伝えていくというような信心を、伝えておく事が出来ないという事なんです。
喜びだけで開けた道だから、一切を喜びで受けてさえ行きゃあ、おかげになるという事が分かっておっても、どっこい、体が言う事を聞かんのであり、心が言う事を聞かんのである。福島さんなんかそうだったと思うですよ。ところが夫婦で話し合いをいたしましてから、こりゃもう日頃頂いておる親先生の御理解は、ここん所をいつも頂いておるのだけれども、俺達の夫婦の者の信心不振の為に、ね、ここん所をすっきり頂けない、これはお詫びに出らにゃいけんぞと言うて、今朝お詫びに出て来らして頂いた。
私はそれが嬉しかった。それが私の心を捉えた。その事を御礼を申し上げさせて頂いた。おかげで八女高の、合格通知を受け取る事が出来たという事。「ね」。だから、八女高の合格のおかげを頂いたという事だけではなくて、この時に力を頂いたと、この時に神様が、なるほど流石に日頃信心の稽古をしておる事あるなぁという事になったら、どういう事になりましょう。「ね」。
長男が国学院大学に受験を三回致しました。福岡と東京まで二遍参りました。神ながらなおかげを頂いておるのにもかかわらず、受験だけはいわば通ってなかった。それこそこの人としては、もうそれこそ泣くにも泣かれんような、あー、状態だった。そこで私は思うた。はぁおかげ頂いた。その時に私が御心眼に頂くとがですね、あのう(てんじんき?)を頂いた。(松雄丸?)。ね。
松雄丸は子供を犠牲にするという。「ね」。倅が役に立ったとやという、あのう、台詞がございますでしょうが。ははぁいよいよ倅が役に立つ事になるんだなと私は思うた。「ね」。泣くにも泣かれん子供の気持ちになってみりゃ、人間親ですから、「ね」、やはり親子の情というものが、ああやってほんに気の毒、かわいそうだなぁとこう思うけれども、しかしそれがおかげの元になれば有難い事ではないか。それから間もなく教会問題がややこしゅうなってきた。
僕が学院に入って教師の資格さえ取って来さえすれば良いのなら、僕の大学受験を一年遅らかそうという、言うようになってきた。もちろん総代さん方の頼みもあって、総代さん方のあの熱意に動かされたわけなんです。そして大学の方をいわば思い、断念いたしましてから、御本部へ修行に一年間入って、「ね」。教師資格を取って来たところが、私を教師にする事は出来なくても、例えば子供を教師にしたのだから教会を建ててやらないわけにはいけんという事になった。
見てみないわけにはいけんという事になった。ところがどっこい、椛目では認めないぞという事になった。さぁ、そこで皆さんの心が燃えだした。どうでもこうでも、どうでもこうでもおかげを頂かせてもろうてから一つ新しい御造営に、「ね」、うって一丸となって精進させて頂こうじゃないかと。皆さんの心がそこに一つにまとまった。おかげで屋敷が、三反あまりの屋敷が手に入った。「ね」。
さぁ、これからまだ海のものとも山のものとも分かりませんに致しましてもです、どうですか。大変な事なのでしょう。「ね」。試験が落ちた。はぁ、おかげ頂いた。おかげ頂いたぞ、と、これを有り難く受けさせて頂く所にですね、もうこの辺のおかげというものは限りが無いのです。「ね」。ここの所のおかげの受け方一つで、ここの所のいわば受け方一つで、五のおかげにもなれば十のおかげにもなり、百も千も万ものおかげになるという所に信心のデリケートさというか微妙さがあるでしょうが。
自分の心一つなのだ。はぁ、それはしもうたね。と、もう言うたらもうその時ひかれた。後ろにあっとこうやって後ろにもうよろよろしたらもうそれでひかれた。心が真っ暗うなったらもういよいよひかれた。「ね」。それでも日頃信心させて頂いておるから、無理もの、無理からん事ではない、まだ三年四年の信心、いや、三年五年の信心ではまだ迷いやすい、迷いやすいのが当たり前。
と神様がまぁ蓮根食うて下さる様に、おかげを下さったものの、それでは、おかげを頂き抜いただけであって、体験は生まれたけれども、それは徳には私はならないと思うですね。その徳なのですよ。子供に孫に伝わるのは。「ね」。だから、そういう力を受けるとか徳を受けるとか、光を受けるとかというチャンスがです、いつもあるのだけれども、そのチャンスをいつも逃しておる。ここは有り難く思わねばならんのだけれども、心が真っ暗で受けられない。
そういう時に渡辺先生じゃないけれども、今こそ業のめぐり、業の、が引かれておる時なのであり、めぐりのお取り払いを頂いておる時なのであり、やれ痛や今みかげをよと言うて泣く泣くでも、この問題に自然の働きに対決して、ここを乗り切らせて頂くというような所から力が頂けて来る。そこん所が繰り返しおかげを頂けて来る所にです、それをもう平生な心で受け止めていく事が出来る。「ね」。
そういう信心のまぁ、厳しいまでの修行をさせて頂くと言うても、山登りをさせて頂いておると言うても、今日の御霊様の御祭じゃないけれども、信心も山登りも同じ事。はぁー、きつうなった。「ね」。のどが渇いてきた。そこにはいわばこんもり茂った日陰がある。移行して頂いたら、そこには岩清水が湧いておった。足をぬぐうた、水を頂いた。さぁ、とまた次の頂上を目指して進む事が出来るような、お繰り合わせを必ず下さるのです、神様は。神様は見通しなのだから、聞き通しなのだから。「ね」。
そこを、そこの所を信心体験、信仰体験。どのような事が起こってきても驚かんですみ、慌てんですみ。おかげぞ、おかげぞと有難い事へ有難い事へと、いわば有難い、有難いが雪だるまのように転がって大きくなっていく。もちろんおかげが大きくなっていく事はもちろんの事。
(B面へ 話が途中から入っている)
身についてくればおかげは頂けて、これは皆さんが私を見ておって下さればこれが一番分かる事でしょう。「ね」。それこそ着いて来なされこの、いわば信心にという所だけ、「ね」。「着いて来なされこの提灯に決して苦労はさせはせん」と言うてその、それを神様任せという事は、親先生任せであるという事を、本気で分からせてもらい。「ね」。親先生任せに成り抜かせて頂くという事も、難しい事では無いようであるけれども、実際問題としてはやはり難しいという事。
これは親先生が言わっしゃると言うか、自分のものが本当なように思うという事。「ね」。けれどもそこん所をです、泣く泣くでも辛抱し抜かせて頂いておすがりし抜かせて頂く所のおかげを頂かせてもらう時に、「ね」、神様の働きを十二分にする事が出来る。それが信心の血にも肉にもなってくる。その信心が出来てくる時にです、本当に家の親父の、後ろから後光の差しよる事ある。
本当に家のお母さんの信心にはもう感謝せにゃおられんと例えば子供達が言うて。親と子が拝み合うていけれるという事。「ね」。自分の周囲の一切の、「ね」、四方拝である。自分の周囲の一切の事柄を拝んで受けていく事が出来るという事。そこには「女が菜園に出て大地を拝む気になればおかげがある」と教祖が断言しておられるようにです。教祖の教えにこれから先でも狂いはない、問題はそこをすっきりとそう頂けるかどうかという事なのである。
日頃信心の稽古をさせて頂いて、いよいよ本番という時になって分かっておるようであるけれども、よろよろよろめいたり、本番になって取り直しばっかりしなければならないような事ではいけないでしょう。この神様は決してです、教えておる所を、教えていない所を試験に出しなさる様な事は無いという事。繰り返し繰り返し、「ね」。やはり、一段一段、信心が進んで行く為にやはり試験がある、お試しがある。そのお試しを見事にパスして行ってこそ信心が高度なものになっていく。
私は昨日でした休ませて頂いてから、こう風邪の具合が悪いもんですからもう私休ませて頂き、昨日昨日の晩です。夕べ昨日一昨日。十一時頃風呂に入らせてもろうてそのまま休ませてもろうた。もう体はぽかぽかと温もって風呂、布団の中に入らせてもらうですから、もう本当にからや体に有難いものを感じる。有難いなぁ本当にもう勿体無い事ではあるなぁと、こう思うてから休ませて頂いて、うとうとさせて頂きよったら夢とも心眼とも分からずにねあの菊正宗のあの箱を頂くんですね、菊正宗。
色はこんあの金箔で塗り潰してあるでしょう、菊正宗と書いてある所を。下の方が真っ青な所に菊の図案化の菊の花が、こう浮き彫りのようにしてあるでしょう、あの菊正宗はね。ここのお神酒ですあれは「ね」。 それがですもうその金色の所、菊正宗のあのこん、金箔の所がねもう燦然としてです、金色に輝いておるんです。そして下の方のそのみずみずしい、その水色の所がですもうこんぱくと言うでしょうかね。
あのう、広々とした大海原が、ずうっと、あの水色の中から広がっていく所を頂くんです。私はそれを思わせて頂いた。本当に金色に、燦と輝くような信心させて頂いて、広いと言うたら海程広いものは無かろう。深いと言うたら海程深いものは無かろう。その広い深い心を頂かせてもろうて、鯨の住むようなおかげを頂かせてもろうて、「ね」。後光の差すような、「ね」、
姿形こそ人間の姿形はしてござるけれども、心は仏様のような人じゃ神様のような人じゃというような在り方にならせて頂いて心が有難う成らせて頂いて、そしてあの世に行くとでなからなければもうこの世じゃ仕方がなか、あの世で極楽に行きゃ良かけんでと言うて、この世で我情我欲で生きこの世で悔やみよって、この世で俺の良か事ばっかしたり言うたりしておって、あの世で極楽が約束される事は絶対ありません。
この世で有難いという心を開いておかなければ。もうこの世もあの世も同じ事。昼と夜のようなもの。「ね」。だからこの有難うならせて頂くという事に、いよいよ焦点を置かせて頂いて、もし有難くなる( 録音状況が悪くなる 2秒)ね、御徳を頂いてまいりますとそれが深い広い事になってくるのです。「ね」。そこを目指す所の信心。「ね」。そこで、ここではです。
皆さんが信心のここには信心の稽古に通うて来る所だと。おかげを頂きに来る所じゃあ無い。信心の稽古に通うて来る所。しっかり日頃信心の稽古をさせて頂いておって、いよいよ本番という時にです、見事にそこをパスする度に、心が広うなり深うなり、力が頂けていくという事が自分の心に感じれるその楽しみというものは信心をさせて頂く者だけしか分からないのじゃなかろうか。「ね」。
どうでも皆さん「ね」皆さんがどうぞ子供から孫から、皆さんが御霊の世界に入った時に、拝んでもらいたいと思うならば、拝まれるものを今作っておかなければ駄目だという事。そういう拝まれるようなものでなからなければ、子供に孫には伝わら、伝わらないという事。信心の徳というのはあの世にも持って行け、この世にも残しておけると仰る。この世にも残しておけ、あの世まで持って行けるというような信心の徳を身に付けさせて頂く。ここでは皆さんが、いわば一つの手本があるから有難いでしょうが。
これはあんた百年前の話です。教祖の神様はこげん教えてござるというだけじゃいかん。教祖の御教えを私は。かすかながらでもそれを行じさせてもろうて、私が体験を頂いて、私がまず身の上におかげを受けて、こういう信心すりゃ、こういうおかげが受けられるという事を、皆さんに見たり聞いたりしてもろうてからの教導ですから、椛目の場合皆さんが本気で、御徳を受けようという事に焦点を置かれるなら、誰でもおかげが受けられる。「ね」。そして、どうでしょう。
皆さんが、「ね」、世の中の難儀な人達の為に、幸せの道しるべにでもならせて頂けれるような、私になりたいというような願いが持てれるようになったら、いよいよ神様がお喜び下さらんはずはありませんですねぇ。今日の御霊様の、御祭、私はね、どうでも拝んでもらいたい。「ね」。子供から孫から、「ね」、本当にいつの時代のいわば、あっ遺族からでもです、拝んでもらいたい。家の何代前の先代が、「ね」、信心の徳を身に受けられて、沢山の人が助かって、そしてその徳を残しておっておった、頂いたおかげで今日の我が家があるというように、感謝される。
教祖の神様がお亡くなりの時には、本当にわずかばかりの人が、あの奥城に柩を担ぎ、そしてお葬式をされたという事である。それが一年、年年、いわば歳歳。「ね」。あの大谷の町をうずめるような参拝者で、十月十日のいわば教祖の神様お神上がりのあの日を金光大神の祭り日と定められ、生前から。「ね」。しかもそれが、「ね」、四日間も、に渡ってそれが続けられてから行われるというのですから。
これからまたどれ程にそういう助かりが、そういうおかげが頂けてくるようになるやら分からない。家の何代目には何ちゅう御霊様がござったげな、ぐらいなこっじゃいけん(笑)この御霊様だけは大事にせにゃおられんというようなおかげを頂く為に、良いものを残しておかなければならんという事であります。どうでも皆さんが山登りをされた体験を一つ心に描いて、「ね」。ははぁ、ここで一服というような時にね。
しかもそこに岩清水のような清水が湧いておったとするならば、それを手ですくうて頂く時の気持ちを思うてみて、御霊様もやっぱり、日々ご苦労下さっておるのであり、御修行下さっておるのであり、家の守り身の守りの為の働きをなさっておられるのであり、せめて年に二回の、春秋二回の御霊の御霊祭位にはです、「ね」。そうしたいよいよ拝み合いの総仕上げが出来るようなおかげを頂かせてもらえる事を楽しみに、お互い信心しなきゃあいけないと思うですね。
おかげを頂きまして有難うございました。